玉井 景子

新設部署に招かれて大田原へ転勤

 

生産企画

2007年度入社

現在、大田原工場に新設された生産企画部SCM推進グループに所属しています。ここでは生産拠点(工場)で起きている問題は何なのか、各拠点の実力はどの程度なのかといった情報を集め、顧客満足と営業の売上達成を支援するため、生産拠点での改善活動を支援する業務を行います。

 

生産側に近いところにいつつ、営業との橋渡しをする役目も担っています。 生産側としては、在庫は少なくしたい、かといって欠品させるわけにもいかない。営業も受注からできるだけ迅速に納品したい。そういったそれぞれの立場を踏まえ、生産対応できるように支援していきます。それも一時的なものではなく、恒久的に運用できるようなしくみを作っている最中です。 とはいえ、まだ発足したばかりの組織なので、現在はどこからどのように情報を集めるのか、どのように取りまとめるのか、どのように改善活動を支援していくのかといったことを構築している段階です。

 

大田原への長期出張の際にお世話になった上司から、本社への帰任後、「こちらに来て手伝ってほしい」と声をかけられたのが、転勤のきっかけです。 総合職で入社したので転勤は意外ではありませんでしたが、実際に女性で転勤があるのは珍しいようです。私も入社以来、大田原に長期出張に出ていた時期を除き、ずっと本社勤務でした。勤務地にこだわりはなかったので、大田原での生活も楽しんでいます。東京にいる時はペーパードライバーでしたが、今は車通勤の毎日、運転にもだいぶ慣れました。

1年ごとに職場を異動、物流のノウハウを学び資格も取得

 

環境の変化が大きかったことに対しての気苦労はやはりありました。仕事内容も一変したので、どうすれば円滑に仕事が進むかなど、試行錯誤の部分もありましたし。 そして人に合わせ過ぎない、人にも私自身のペースを押し付けないという姿勢も、時に必要だということを学びました。それではいつまでも平行線だと思われそうですが、同じ目標を掲げて一緒に仕事をしている者同士ですから、必ず落としどころは見つかるはずです。

 

大田原への転勤は、仕事内容も住まいも変わったという点で大変でしたが、実は業務の変更というのはそれまでも頻繁に経験してきました。 入社以来一貫して物流に関わって来たのですが、最初の1年間は工業用ミシン事業部物流管理部貿易業務課で輸出入に関する書類作成や手続き業務を行いました。次の1年間は計画課出荷計画係で、いつ何をどれだけ出荷するか決めるという、貿易業務課のひとつ前の段階の仕事に関わりました。 さらに翌年は計画課生産計画係で、いつ何をどれだけ作るのかを決める業務に関わったことで、3年かけて物流の一連の流れを学ぶことができました。

 

毎年部署が変わったものの、周囲のメンバーが知った人ばかりだったので、業務そのものは大変でも精神的なストレスはありませんでした。貿易実務検定B級を取得したのも、業務で学んだことを体系立てて整理しておきたいと思ったからです。
 

「○○じゃないとわからない」仕事はあっても「○○じゃないとできない」仕事はなかった

 

資格といえば、もともと学生時代から1年に1つずつ資格を取得しようと決めていて、入社してからは貿易実務検定のほか、簿記2級、eco検定、最近ではメンタルヘルスマネジメント検定2種を取得しました。やはり新しいことを学ぶのは楽しいですし、それは現在の仕事にも当てはまります。始まったばかりで模索している部分も多いですが、物流に関わっていた時に知識が増えていくことが純粋に面白かったように、この先、今の部署ならではの面白みが生まれていくのだと思います。

 

これまでいくつもの部署で働いてきましたが、「○○さんじゃないとわからない」という仕事はあっても「○○さんじゃないとできない」という仕事はほとんどなかったように思います。つまり、教えてもらえさえすればできるわけです。 その知っている・知らない、教える・教わるという辺りがうまく連動すれば、業務の効率化につながりますし、急に人が足りなくなってしまったというような不測の事態にも対応しやすくなります。今後はそういった点における提起もしていければと思っています。

 

そして、一緒に働く仲間はコミュニケーション能力のある人であってほしいです。 たまにコミュニケーション能力の不足を「自分は話下手なので」と言う人がいますが、 話上手・話下手とコミュニケーション能力は、全く別のものだと考えています。「○○は終わりました」とか「この部分でつまずいて先に進めないのですが」といった事実を、タイミングを逃さずに伝えることが重要です。それを上手に表現する必要はありません。お互いに報告し合い、必要な情報を必要なタイミングで共有することで、職場は風通しのいい、働きやすい環境になるのだと思います。  

 

(2013年3月) 

 

 

 

 JUKIの仕事

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